雲林寺開基|海野長門守幸光
永禄2年(1559)3月15日、羽根尾の海野長門守幸光が開基(寺を創建する)となって、当山雲林寺を開いて頂きました。
海野長門守幸光(1507~1581)うんのながとのかみゆきみつ
海野長門守幸光・能登守輝幸兄弟は共に武勇を謳われた豪の者で、永禄九年(1566年)真田幸隆により長門守幸光は岩櫃城代に、能登守輝幸は沼田城代に夫々任じられた。
その後、兄弟を妬む者の陰謀により真田昌幸の誤解を受け、幸光は岩櫃城で、輝光は迦葉山の女坂で自刃して果てた。時に天正九年(1581年)十一月二十九日、幸光75歳、輝幸72歳であった。
『長野原町教育委員会説明板』。
「長野原かるた」の海野兄弟(幸光と輝光)
海野長門守の墓(羽根尾)
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